私とセインくんは、服を着たまま水の中へ入りました。ふわふわとしていますが、今のところは問題なさそうです。セインくんに「そんな事より目を開けなよ。」と言われましたが、海水なので目を開けるのが少々怖く感じます。ゆっくり、ゆっくりと瞼を慣らすように開きました。するとどうでしょう。魚達の群れ、海藻、皆が理想とする海の世界が広がっていました。
「凄い・・・!」と呟いてハッとします。セインくんの問いかけ含めて、どうして海の中で会話ができるのでしょう。驚きを隠せずにいると、彼から答えてくれました。
「どう? 凄いでしょ。僕と手を繋いでいる間は普通の人間だって水中で息が吸えるし、おしゃべりだってできるんだよ。」
急に景色が変わったり、双子のように神出鬼没だったりするおかしな世界にいる時点で、こういったものはすぐ受け入れられる耐性が既についてしまっているのがある意味怖いです。しかしながら、今までの出来事は全て陸の上の人間の出来事です。一種の手品だと思うことも可能ですが、これに関しては少々、手品にしては難しいです。
「・・・ということは、セインくんは人間ではないのですか?」
私はこう聞くのもどうかと思いましたが、気になることは聞いてしまう性格が出てしまいます。
「一応人間なんだけどね~。水から出られないんだよ。」
…薄々気づいていましたが、やはりそういうことでしょうか。いや、そういう方に出会う確率が高すぎてそちらに驚きです。結局は双子に踊らされたりしているのかしら…って、流石にそんな訳ないですよね。
「水から出られないなんて、めちゃくちゃ大変じゃないですか?」
「え、ここって驚くところじゃない・・・? さっきもそうだけど、ホントに僕の事知らないというか・・・何も思わないの?」
私達は穏やかな海の中を泳ぎながら話を進めます。
「それが不思議と、どうしてでしょう? 」
「僕に聞かれても・・・」
「あはは・・・ですよね・・・。でも、別に世界は広いんです。陸に生きる人がいるなら、海に生きる人だっていてもおかしくはないはずと私は考えます。」
そもそも私がヘンテコな空間からこの世界に来ただなんて話したら、セインくんはどう反応するでしょう? この感じだと普通に信じてくれそうですが、下手したら海で生きることよりもおかしな事かもしれません。
「へぇ、珍しい・・・普通だったら『そんなの絶対おかしい』って批判から入ると思ったんだけどな。・・・って、話が脱線したよね。・・・う~ん。ここから出られないのはかなり窮屈かな。住むには十分すぎるけど。だけど陸に上がろうにも水がないと、体力が持たないのがいけないんだよね・・・。」
私は「あぁ、なるほど・・・」と呟くと、どこの暮らしも大変なんだなぁと感じました。
「あとここに人が来ない理由も教えておくけど、原因僕だから。」
「えっ、そうなんですか・・・?」
「突然、海から出てきてすぐ潜っていく魚ではない謎の生物がいる・・・っていう噂がでちゃってさ~。やっちまった感半端ないよね!」
あははっとセインくんは笑いますが、それは逆にその手の研究者達の目がギラギラしそうです。
「だから久しぶりにセニシエ以外の人間に会えてうれしかったよ!」
「あ、やっぱりお知り合いさんだったんですか? 先程お会いしたので・・・」
私は先程の出来事をセインくんに話しました。「相変わらずだな~」と苦笑する彼はどこか不安そうです。詳しくは知らない方なので聞きませんが、本当に彼がシンデレラだとするならば酷いことが起きているに違いありません。彼とはこれからも関わりがある予感がするので、その時が来たら失礼のないよう、聞けることから聞いてみることにしましょう。いや、内容が内容なのでタイミングを間違えたら終わりですね。なんて事、今考えることではありません。完全なる不覚でした。と、考えていたらどうやら目的地に着いたようです。
「見て! サンゴ礁と魚の群れ!」
私はきょろきょろ辺りを見回していた目を前に向けると、とても壮大なものが目に入りました。これは、普通の人間でしたらなかなか見ることができない景色です。
「すっごい! こんなの初めて見ました・・・。」
「だよね、こんな海の中まで来られる人間なんて限られているから。僕と出会えたおかげだね! なぁんて。」
セインくんは繋いでいる手を強く握りました。私は「はいっ」と微笑むと、しばらくその景色を見続けました。
☆★☆
私達はそれを見終わると、一旦陸に戻ることになりました。浜辺に戻ってくると、日差しは高くなっておりお昼に近いことがうかがえます。
「とーちゃく! 大丈夫? 疲れてない?」
セインくんは私を気にかけてくれました。
「全然平気。むしろ会ったばかりの私に素敵なものを見せてくれてありがとう。」
「だって、新しく友達ができたんだもん! 絶対に見てもらいたいよ。」
友達、私は何だか嬉しくなりました。今のところ出会った王子様(表現の仕方に困ったので、そう呼ぶことにしました。)はまだ友達とは呼べない関係です。しかし、セインくんとは年が近そうなのもあるかもしれません。きっと良いお友達になれそうです。
「あれ、そういえば服・・・」
海から出てきてすぐなのにもうすっかり乾いています。私は謎めいてクルクル回ってしまいます。
「だから大丈夫って言ったでしょ?」と、ドヤ顔されてしまったので、これは便利な設定だなぁと、私はまたもやすぐに納得してしまったのでした。
と、そんな時。
「セイン~! お待たせしました!」
「あっ、セニシエ!」
セインくんは波打ち際から走り出すと、セニシエさんに抱き着きました。まるで兄弟の様にはしゃぐ2人はとても楽しそうです。
「えぇと、こんにちは。先程は突然去ってしまい申し訳ありませんでした。」
セニシエさんは、セインくんを抱きしめたまま言いました。なんでしょう。可愛さの方が上回ってしまいます。
「いえ、お気になさらずに。」
「ふふっ、ありがとうございます。・・・あと、自分だけ名乗って話が途切れてしまいましたよね。よろしければ改めてご挨拶させてください。」
確かにそうでした。私が名乗ろうとした時ちょうど呼ばれてしまったんでしたね。
「私はマリアと言います。これからよろしくお願い致しますね。」
「はい、是非よろしくお願い致します。」
私達は会釈し合います。
「そういえばマリアはどこから来たの?」
「えっ? 街からですよ?」
私はどこから言えばいいのかわからず、咄嗟に言ってしまいました。そりゃあ、町以外ありませんよね・・・。
「いろいろ訳があって、あそこに見えるお屋敷に住まわしてもらっています。」
と、小さく見えるお屋敷を指差しました。するとセインくんとセニシエさんは顔を見合わせます。おや、あのお屋敷について何か知っていることでもあるのでしょうか。
「ねぇ、あのイバラとティアトレーネの屋敷だよね。」
「そうですね。あの屋敷ですから。」
「・・・? 彼らの事、知っているんですか?」
大きなお屋敷ということからして、有名な人達ということも少なからずありますがどうも気になります。
「あっはは。知ってるも何も、良く知る人物だなぁと思っただけだよ。」
セインくんは笑いながら続けます。
「僕のこと、認めてくれた数少ない人達だよ。・・・ってことは、シラユキとシェルディのことも知ってるんじゃない?」
これは・・・物凄い展開です。やっぱり王子様達は何かしら関係があるのかもしれません。
「えぇ、昨日森の中で出会ったわ。なんだ・・・みんな知り合い同士だったんですね。」
私は少しホッとしました。
「きっと何かで結ばれているのかもしれませんね。ということは、普通の交友関係よりも多く接する機会があるかと。良かったですね、セイン。」
セニシエさんは微笑むと「あぁ、そうだ。」と手にいていたバケットを開きました。
「そろそろお昼です。3人で食べませんか?」