朝、鳥達がチュンチュンと元気よく鳴いています。私は重い瞼を少しずつ上げては閉じを繰り返し、何度目かでパチッと開きました。そしてベッド横にある目覚まし時計を見ると、午前6時を過ぎたところでした。起きるにはちょうど良い時間です。身体を起こしてベッドから立ち上がります。大きく深呼吸をしてバルコニーの方へと向かい、ガラス窓を開くと朝の涼しい風を浴びました。6時ということもあり、もう太陽も出始めています。また大きく深呼吸をすると、良い感じに目が覚めました。柵にもたれていると、鳥達がやって来てきます。まるで挨拶をしてくれている様です。私は「おはようございます」と彼らに挨拶をすると、また飛んで行ったのでした。
私は部屋の中へ戻ると、メイドさんが用意してくださった服に着替えました。昨日着ていた服一点しか持ち合わせていなかった為、そのご厚意に甘えたのです。毎日清潔に過ごしたい気持ちは誰にだってありますよね。そして、髪の毛をヘアブラシで整え終えると部屋を出ました。まだ7時前ですが、お屋敷の人達は掃除をしたり、朝食の準備をしたり忙しそうです。お手伝いできることがあればやりたいなぁと思いつつも、できずにとぼとぼと廊下を歩いていました。
と、そんな時、ティアさんに出会いました。
「おはようございます。ティアさん。」
私はスカートをつまみ、お辞儀をして挨拶をしました。
「あぁ、おはようございます。早いですね。」
ティアさんはさらっと言うと、「寝坊すると思っていた・・・」と後から小声で付け足し、不機嫌そうに髪の毛をいじり始めました。ティアさん、割と失礼です。私は真面目です。
「そうだ、何かお手伝いできれば・・・と思っていたのですが、ないですよね~なんて・・・」
「手伝いですか・・・? まぁないといえばないですが、あるといえばありますね。」
一体どっちですか! と心の中でツッコミつつも、それが何かを聞いてみることにしました。
「私にできることなら是非やりたいのですが、一体何をしたら良いんですか?」
「イバラを起こす、それだけです。簡単でしょう?」
ティアさんは髪の毛をいじっていた人差し指を立て、提案するようにニコッと微笑みながら言いました。「確かにそれなら」と了解し、一緒にイバラさんの寝室に行くことになりました。一定の距離をとって歩くことを強制されて。
「ティアさんって毎日イバラさんを起こしているんですか?」
「えぇ、まぁ・・・。こればかりは使用人も嫌がるので。」
なるほど・・・となりましたが、それって相当寝起きがやばいとかそういうやつでは?と不安になってきたのでした。
しばらくして、ティアさんが扉の前で足を止めると、私も立ち止まりました。私達の部屋からだいぶ離れたところにイバラさんの寝室はある様です。
「はぁ・・・こればかりは慣れないんです。」
と、ため息をつく彼を見て想像が確信に変わりました。強そうなティアさんでさえ頭を抱えてしまうイバラさんって・・・。ヤバイ、という言葉が似合うのではないでしょうか。
私達は意を決して、ドアをノックをしました。
「イバラ、入りますよ。」
ティアさんは扉を開き中へ入ると、私をそのまま招き入れました。普通の寝室に、普通のベッドで眠るイバラさんがいます。見る限り何の変哲もない感じはしますが・・・。
「さぁ、起きてください。イバラ、イバラ起きなさい。今すぐ起きなさい。」
ティアさんは布団を容赦なく剥がすと、ベッドの空いているスペースに座り、起きろを連呼し始めました。これで起きることは滅多にないという確信もあるのか、少々適当です。私も一定の距離を保つように近づくと、「起きてください」と言ってみるのでした。
「声が2人になっても案の定起きませんね・・・。」
ティアさんはまたため息をつきました。
「イバラは不眠症で薬を飲んでいるのですが、そのおかげかなかなか起きられないんですよ。」
起こす為の策を実行しながら、彼は私に教えてくれました。確かに、不眠症ともなれば大変です。ところでティアさん、イバラさんの頬をつまんで引っ張っていますがそれはアリなんですか。とは言えず少々口ごもってしまいます。
「はぁ・・・疲れたのでタッチ交代です。マリアさん、とりあえず任せました。」
私は「任されました・・・」と呟くと、イバラさんに先程以上に近づきました。うん、凄く良い寝顔をされています。
「イバラさん! イバラさん!」
体を揺さぶり、腕を引っ張ってみたり、あまりよろしくはないですが、ライトを当ててみたりしましたが全く起きません。普段、ティアさんはどれだけ頑張って起こしているのでしょう。とても難しいです。
「ティアさん、厳しいですこれ。」
私はギブアップです。と白旗を振るように、息切れになりながら言いました。それを見たティアさんは何故か昨夜みたいに、クスクスと笑っています。
「な、何がおかしいんです・・・!」
「別に何でも・・・ふふっ。あ、そういえば書斎にネズミが出ましたよ。」
楽しそうに笑っていたティアさんですが、突然過ぎる話題を振ってきたのでした。私はわけもわからずハテナを浮かべましたが、それが私に向けて発言された言葉ではないことがすぐにわかりました。
「・・・・・・ね、ネズミ・・・!?」
イバラさんがガバッと上半身を起こしたのものですから、私は「わぁ!」とびっくりしてしまいました。
「はい、おはようございます。」
ティアさんはベッドに座り込んだまま、イバラさんを見て微笑みます。イバラさんも我に返ったのか、「おはよう・・・」と呟いたのでした。
「・・・って、ティアさん!」
「何ですか?」
「こんな単純なら、早く教えて下さい・・・!!」
私はじたばたしながら言いました。毎日起こしている彼の事です。イバラさんがすぐに起きてくれる起こし方、というのを知っている事は当たり前ですが、何故、何故教えてくれなかったんですか・・・!
「まぁ、毎回毎回同じ言葉で起きる訳でもないですし・・・言うほどのことでは。あと、面白かったので。」
通常の少々きついお顔に戻っている彼ですが、私で楽しんでいたのがひしひしと伝わります。悔しいものです。
「さぁ、イバラも起きたことです。さっさと準備してご飯を食べに行きましょう。」
ティアさんは「そんなことより」と、イバラさんをベッドから引っ張り出すと、着る服を用意し始めます。まるで介護です。流石に着替えまでは手伝っていない様ですが(勿論、お着替えは見ていません。)、イバラさんは今も尚、ぼぅっとしています。
「イバラ、行きますよ。」
「おぅ・・・」
イバラさんは重たい瞼を開くことができないのか、目を閉じながら歩き始めます。ティアさんは「本当、仕方ない人だな・・・」と呟き、後ろを付いて行きました。私もそれに続き、部屋を後にしたのでした。