12月25日。
雪の降り積もる森の中。奥の奥にある小さな家に、いつものように彼らはいた。
「シラユキ、今日が何の日だか知ってるか?」
赤い頭巾を被った狼の少年、シェルディはソファに腰をかけ今にも眠りそうなシラユキに声をかけた。
「クリスマスでしょ・・・おやすみ。」
シラユキは寝かせろよと言わんばかりの顔でそう答えると、脱いで隣に置いてあったマントを被り本気で寝る体勢になった。
それを見たシェルディはシラユキの元へ歩み寄ると、どうしたらいいのかと訴える表情で彼を見つめた。
―――――早くもギブアップであった。
そう、彼らは今日イバラの家、つまりお城でマリアのお誕生日会をサプライズで実行するための準備で、マリアを家から出さぬよう見張り役としてここにいるのだ。と言っても彼らの家であることには違いはないが、普段とは違った緊張感が走っていた。つまりシラユキは寝ることにより仕事放棄しようとしているのだ。
マリア本人は本を読んでいる真っ最中であり、集中している様子なので今は動く気配がないといえばないのにこの緊張感たるや。
シェルディはちらちらとマリアを見ながら、ひたすら時間が経つのを待つのだった。
2時間くらい経った頃だろう、不意にマリアが言った。
「本も読み終わったし、外に出かけようかな。ねぇ、2人とも外に・・・」
シェルディはこの2時間本当にじっと監視していたのか、疲れた顔を見せながらも全力で首を横に振った。さすがにピンチを察したシラユキも「だめ」とつぶやくとまた眠りについた。いろんな意味で有能な体である。
使えねぇな。とシェルディは舌打ちをしつつも、ずれたマントをかけ直してあげたのだった。
一方マリアは、外に出たいという気持ちが高まっており「準備だけでも」と、コートなどを用意するが、シェルディ的にはこれは近いうちに出て行ってしまうかもしれない。という焦りが募っていくのである。そして、ふと「こ、紅茶でも飲まない? 俺入れるけど・・・!」と口にしたのだ。内心、紅茶入れるのが苦手なことを思い出し後悔しているシェルディであるが、時間潰しにはちょうどいい。
シラユキが入れれば最高に美味いとか言ってられない。シェルディはお湯を沸かし茶葉を入れると、「どうぞ!!!」とマリアにティーカップを差し出した。苦手とか下手とかの問題ではなく、雑という問題である。
「あ、ありがとう。」
マリアはティーカップを受け取り紅茶を飲むと、どうして外に出ちゃいけないのか。と言った。勿論、ここで「今日はマリアのお誕生日会をサプライズで開くんだ!!」と言ってしまったら元も子もない。
さぁ、どう答えようか。シェルディは考えるが、どう理由をつけていいのかがわからない。
――――沈黙。
そして、シェルディはついに言葉を発した。
「わからない!!」
これだけ考えてこれしか浮かばなかったシェルディは頭を抱えると、はぁ・・・とため息をついたのだった。
☆☆☆☆☆
一方その頃、イバラたちはパーティーの準備の佳境に差し掛かっていた。広い会場は可愛くデコレーションされており、淡いピンクや黄色などが多く使われていた。まさにマリアのお祝いにはぴったりという感じの出来に仕上がっている。バイキング形式に並べられた料理にもこだわりがあり、ここにもマリアを喜ばそうという思いが詰まっていた。
「カルア、まだ食べるなよ。」
イバラは会場準備の仕上げをしながら言った。カルアは「一口くらいいいじゃん」とローストビーフを眺めながら拗ねるが、イバラの鋭い眼差しに耐えかねたのかローストビーフから一歩引いたのだった。
「にしてもマリアの誕生日ってだけでこんなにもする必要あるか?」
カルアは腕を組むとわざとらしく考え込んだ。イバラは、「何いってんだこいつ。」とでも言うかのようにカルアを見ながら、無言でテーブルの上の皿を整えた。
そんなこんなで準備が終わったところに、セインとセニシエがタイミング良くケーキを運んできた。2段になっている大きなケーキの上には、マリアハッピーバースデーと英語で書かれたチョコのプレートが乗っており、マリアを想像するようなメレンゲドールも飾ってあった。主にセニシエが作ったようで、器用さが伺えた。
「セニシエに任せて正解だったな。」
うんうん、と満足しながらイバラはつぶやいた。セニシエはそれを聞いて少し照れながらも、
「ありがとうございます。嬉しいです。」
と答えたのだった。
周りを見回し、そろそろシラユキとシェルディ、それから主役のマリアを呼んでもいい頃合いとみたイバラは、「これからが本番だ。」と意気込むと、サンヴェトークとロワラーナと一緒に花を生けていたギルバートに声をかけた。
☆☆☆☆☆
「あとちょっと!! 30分!!」
と、マリアの手を引っ張りながら玄関前でシェルディは叫んでいた。
「あれから3時間は経ってるもん!」
マリアは、せっかく雪が降っているんだしみんなと遊びたい。と手足をばたばたとさせた。シェルディは「わかるけど、待って!!」と半ばヤケクソになって言うしかなくなっていた。
と、そんな時。
玄関のドアがトントンッと鳴り響いた。
シェルディは、やっと解放される。と言わんばかりのため息と安堵の表情を浮かべると、その扉を開いた。
「どうもお疲れ様ッス!! もう向こうは完璧ッスよ、時間も迫ってますし早速向かう準備しちゃってください!!」
ギルバートは元気良く言った。マリアは、完璧?時間?と謎に満ち溢れたようにシェルディとギルバートを交互に見ると、
「まだ、秘密。」
と、いつの間に起きたのか、出掛ける準備を整えたシラユキがやってきて口に人差し指を当てたのだった。いいとこ取りである。
☆☆☆☆☆
イバラの住むお城にやってきたマリアたちは、ギルバートに案内されてとある部屋の前、パーティー会場にたどり着いた。
「んじゃ、いきますよ!」
と、ギルバートは声をかけるとその扉をバンッと開いたのだった。
「ハッピーバースデーマリア! そしてメリークリスマス!」
中で待機していた彼らは、クラッカーを鳴らしながらそう言った。また、みんなサンタやトナカイの格好をしており、マリアへのプレゼントも個々で用意したのかたくさんのグッズで溢れ返りそうになっていた。
「すごい・・・みんなありがとう!!」
マリアはプレゼントを受け取りながら笑顔で答えた。後ろで見守っていた2人も隠していたプレゼントを出して、
「おめでとう、マリア。」と言うと、シェルディはマリアの頭を優しく撫でたのだった。
「サプライズのつもりだったんだけど、成功してる?」
「大成功してるんじゃないかな。びっくりしてるし、すっごく嬉しいわ。」
「そっか、それは家で引き留めた甲斐があったな・・・」
シェルディはよかったよかったと苦笑した。
「まずはやっぱケーキだよね!」
セインは先程セニシエと用意したケーキを運んでくると、等分に切り分け全員に配り分けた。
「誕生日おめでとう。たくさん食べてね!」
マリアは渡されたケーキの上にある自分自身だろうメレンゲドールと、プレートを見て「可愛すぎて食べれない・・・」とつぶやいた。それを見たセニシエは、
「いつでも作りますので安心してください。」
と言った。マリアは、とりあえずとケーキを口に運び味わった。甘さ控えめのショートケーキで、いくらでも食べてしまいそうな優しい味だった。
「セニシエくんらしい味だね、とってもおいしい。」
それを聞いたセニシエは、頬を赤く染めながら微笑むのだった。
と、そんな中ケーキを食べ終えたカルアは例のローストビーフを大量に持ってきていた。モランゴの心配もよそにそれを勢いよく食べるのだが・・・とりあえず食べ過ぎには気をつけてください。
「久しぶりのご馳走だと、何でも食べれる気がするな!」
「それは、お肉の食べ過ぎだと思うけどね・・・」
野菜も食べて。とモランゴはローストビーフと釣り合うくらい大量のサラダを用意し、隣に置いた。それを見るにカルアは「うげっ」という顔をしてローストビーフを食べるスピードを緩めたのであった。
「そういえば、この部屋全部が綺麗に装飾されていて可愛いわ。あと、テーブルの上のお花もとっても素敵。」
マリアはくるくると辺りを見回しながら言った。
「このお花、サンくんが用意してくれたの?」
テーブルの上にちょこんと座り、カエルさんと談笑していたサンヴェトークに声をかけた。
「そうだよ。ロワとギルバートも手伝ってくれたんだ。」
「どう? 上手くできてるでしょ?」
ひょこっと現れたギルバートは、これ俺が作った!と自慢げに教えてくれた。ギルバートはとても器用で、本当に綺麗に飾ってあった。
「凄く上手でびっくりしたよ。バランスもとれてて感動しちゃった。」
マリアがそう言うとギルバートは「やった!」とガッツポーズをしたのだった。
それから、
「ロワくんがんばったね、ありがとう。」
と、ロワラーナには簡単に言葉をかけてあげる。伝わっていれば嬉しい。とマリアは微笑んだ。ロワラーナは難しい子だが(詳しくはまたいずれ)、簡単な言葉でしっかり接すれば思いは伝わるはずなのだ。
パーティー会場の奥で優雅にお茶をする人物が2人、ティアトレーネとディアスティだった。マリアがチラッとそちらを見ると、手招きするように2人はマリアを呼んだ。マリアを席に座らせると、
「やっと今日の主役と話せますね。」
ブラックなコーヒーを飲みながらディアスティはつぶやいた。
「ただ単に僕達が話しかけるタイミングを失っていただけですよ。多分。」
ティアトレーネはあはは・・・と笑いながらフォークでケーキを一口サイズに切った。
大人しいタイプの方達なのがたまに傷といったところでしょうか。
「ふふっ、いつでも話しかけてくれればいいのに。私はずっと待ってますから。嬉しいことも、辛い悩みだってなんだって聞きますよ。」
2人を交互に見ながらそう言うと、ディアスティは参ったなと言うように微笑んだのだった。
マリアが2人と話している頃、またイバラとカルアのケンカが始まろうとしていた。今回は最後のひとつはオレのものバトルであり、ちなみにみんなはこれを戯れと呼んでいる。大抵この場合、最後はシェルディが取っていくのだが・・・。
「・・・・・おいしい。」
どうやら今回は違うようだ。シラユキは満足という表情も浮かべず普通に立ち去ると、バルコニーに出ていってしまった。本当に不思議な子である。ただひとつ言えるのが、もっと食べてください。
イバラとカルアは静かにシラユキを見送ると、諦めたように他のものを取るのであった。
「そういえば、シラユキさんマントしてるとはいえ薄着ですけど大丈夫なんでしょうかね。」
ティアトレーネはつぶやくように言った。確かにシラユキは普段から薄着であり、今日という日は寒い気がするがどうなのだろう。
「シラユキのところ、行ってきなよ。温かい飲み物用意して。」
とディアスティはいたずらっぽく言った。
マリアは温かい飲み物、ココアを用意するとバルコニーへと向かった。
「シラユキくん、あったかいココア持ってきたけど・・・一緒に飲みませんか?」
シラユキは柵に肘を乗せてもたれかかり、どこか遠くを見るように立っていた。決して話しかけてはいけない雰囲気ではないのだが、声をかけてよかったのかという気持ちになるような。そんな様子だった。
マリアに気づいたシラユキは微笑むと、隣に来るよう招いた。
「シラユキくんそんな格好で寒くない・・・?」
ココアを渡しながら聞く。シラユキは少し考えて、「そんなに」と答えた。
絶対に寒そうと内心思うマリアだったが、もうここは深くは追求しないことにした。
「それより、君の方が寒そうだけどな。」
そう言うとマントでマリアを包み込み、「こうしたらあったかいかも」と抱き締めたのだった。突然なことにびっくりしたが、それと同時に体が熱を帯びていくのを感じた。心臓の鼓動と吐息を感じるくらい近い距離にいる彼は、とても優しい表情をしていた。
「・・・ねぇ、マリアちゃんってさ、この世界のことどう思う?」
なんとなくとでも言うかのようにつぶやいたその一言は不思議なものだったが、どこか意味のあるような言葉に感じ取れた。
「私は好きだよ。この世界、何があったとしても貴方達の住む世界には変わりないもの。」
「それなら、いいんだけど・・・。」
シラユキは静かにつぶやくと、ココアを一口口に含んだ。
「シラユキくんに何かあったらすぐ助けるし、絶対に見捨てない。ねっ!」
自分でも何を言っているのだろうという感情が込み上げたが、マリアがここにいる理由は自分自身が一番わかっていた。それ故に、おかしなことを言ってしまうのだが・・・。
「あ、えっとこれは違うの! ただ・・・!」
わたわたするマリアを見ながらシラユキは珍しく笑う。そして、
「本当に君っておもしろい子だよね。マリア、大好きだよ。」
不意に告白したかと思えば、マリアの頬に優しくキスをした。突然だったり、不思議なのはいつものことだが、こればかりはマリアも想定外で・・・。熱が身体中に伝わっていくのを感じると、「顔、真っ赤だね。」といたずらっぽく笑うシラユキをただ見つめることしかできなかった。
「今の誰にも秘密だからね。約束。」
マリアの口に人差し指を当てると、
「誕生日おめでとう。あと、メリークリスマス。」
体の熱で寒さを忘れてしまいそうな、そんな夜だった。